平成のテレビの変遷史『テレビが映し出した平成という時代』
- 2019/09/08
- 08:52
ディスカヴァー携書の新刊『テレビが映し出した平成という時代』(川本裕司著)を読みました。
これは平成30年間のテレビ界の変遷を、ドラマやバラエティ、報道などヒット番組から読み取くものです。
平成といえば、1989年の平成元年から2018年の平成30年までの間です。
振り返ると昭和から平成に入るあたり、テレビ界をリードしていたのは圧倒的にフジテレビでした。「楽しくなければテレビじゃない」という、キャッチコピーを覚えている人は今でも多いでしょう。
『オレたちひょうきん族』や、『笑っていいとも』、『なるほどザ・ワールド』、『東京ラブストーリー』などの月9ドラマと、フジテレビの番組が席巻していた時代がありました。
1982年から1993年までの11年間、フジテレビは全日(6時~24時)、ゴールデンタイム(19時~22時)、プライムタイム(19時~23時)の三つの時間帯で、視聴率首位の三冠王を独占していました。これらのどの時間帯でも、視聴率トップがフジテレビの番組だったのですから、当時の勢いが分かります。
ところが、1994年に日本テレビに三冠王を奪われると、2004年に一度は奪取しましたが、以降、徐々に失速していくことになりました。
現在では、三冠王といえば日本テレビであり、それを追うのはTBSやテレビ朝日という状況です。
この状況を、著者はフジテレビがいつのまにか普通のテレビ局になってしまい、日本テレビが視聴率をテクニカルに上げる引き上げる工夫にたけていたからだ、と喝破します。
本書では、ドラマやバラエティ、そしてニュース・ドキュメンタリーなどジャンルごとにヒットした平成の番組制作者に取材し、その時代を振り返ります。
印象的だったのは、フジテレビのプロデューサーだった亀山千広さんと、高校の後輩にあたるTBSのディレクター、石丸彰彦さんの交流です。
高校時代、石丸さんは母校の先輩である亀山さんの講演を聞き、テレビ業界を目指します。そしてTBSでドラマの演出補をしていた時、打ち上げで流すビデオへの出演をノンアポで亀山さんに依頼し快諾されるのです。
その後、TBSのドラマ『JIN― 仁 ―』のプロデューサーとなった石丸さんの携帯に、ある時知らない番号から連絡が入ります。亀山さんが、わざわざ調べて激励の電話を掛けてくれたのです。
日頃何気なくつけているテレビ番組の裏にも、こうして現場で奮闘しているスタッフそれぞれのドラマがあることは印象的でした。
アニメに関しては、『ポケモン』で始まったテレビ東京のアニメ戦略しか、ページが割かれていないのはちょっと残念でしたが、人気番組の制作に携わってこられた多くのスタッフに取材された労作です。
いまやネットに押され、テレビの時代は終ったとも言われます。ただ、作り手にこのような熱い人たちがいれば、まだまだテレビも面白さは失われないのでは、とも感じました。

川本裕司著『テレビが映し出した平成という時代』(デイスカヴァー・トゥエンティワン刊)
表紙に記された現在までの人気番組のタイトルを見るだけで、世相までも思い出されます。
これは平成30年間のテレビ界の変遷を、ドラマやバラエティ、報道などヒット番組から読み取くものです。
平成といえば、1989年の平成元年から2018年の平成30年までの間です。
振り返ると昭和から平成に入るあたり、テレビ界をリードしていたのは圧倒的にフジテレビでした。「楽しくなければテレビじゃない」という、キャッチコピーを覚えている人は今でも多いでしょう。
『オレたちひょうきん族』や、『笑っていいとも』、『なるほどザ・ワールド』、『東京ラブストーリー』などの月9ドラマと、フジテレビの番組が席巻していた時代がありました。
1982年から1993年までの11年間、フジテレビは全日(6時~24時)、ゴールデンタイム(19時~22時)、プライムタイム(19時~23時)の三つの時間帯で、視聴率首位の三冠王を独占していました。これらのどの時間帯でも、視聴率トップがフジテレビの番組だったのですから、当時の勢いが分かります。
ところが、1994年に日本テレビに三冠王を奪われると、2004年に一度は奪取しましたが、以降、徐々に失速していくことになりました。
現在では、三冠王といえば日本テレビであり、それを追うのはTBSやテレビ朝日という状況です。
この状況を、著者はフジテレビがいつのまにか普通のテレビ局になってしまい、日本テレビが視聴率をテクニカルに上げる引き上げる工夫にたけていたからだ、と喝破します。
本書では、ドラマやバラエティ、そしてニュース・ドキュメンタリーなどジャンルごとにヒットした平成の番組制作者に取材し、その時代を振り返ります。
印象的だったのは、フジテレビのプロデューサーだった亀山千広さんと、高校の後輩にあたるTBSのディレクター、石丸彰彦さんの交流です。
高校時代、石丸さんは母校の先輩である亀山さんの講演を聞き、テレビ業界を目指します。そしてTBSでドラマの演出補をしていた時、打ち上げで流すビデオへの出演をノンアポで亀山さんに依頼し快諾されるのです。
その後、TBSのドラマ『JIN― 仁 ―』のプロデューサーとなった石丸さんの携帯に、ある時知らない番号から連絡が入ります。亀山さんが、わざわざ調べて激励の電話を掛けてくれたのです。
日頃何気なくつけているテレビ番組の裏にも、こうして現場で奮闘しているスタッフそれぞれのドラマがあることは印象的でした。
アニメに関しては、『ポケモン』で始まったテレビ東京のアニメ戦略しか、ページが割かれていないのはちょっと残念でしたが、人気番組の制作に携わってこられた多くのスタッフに取材された労作です。
いまやネットに押され、テレビの時代は終ったとも言われます。ただ、作り手にこのような熱い人たちがいれば、まだまだテレビも面白さは失われないのでは、とも感じました。

川本裕司著『テレビが映し出した平成という時代』(デイスカヴァー・トゥエンティワン刊)
表紙に記された現在までの人気番組のタイトルを見るだけで、世相までも思い出されます。
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